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  • 般若多羅は読経しなかった。経典の内容を体得し体現することを、石に咲いた花でイメージ。
    従容録

    従容録第三則東印請祖:実行することが信仰だ。お経を単に読むことが信仰ではない

  • 達磨は武帝のもとを去った。出世間の境地を青空の清々しさと険しい山々でイメージ。
    従容録

    従容録第二則達磨廓然:仏教の本来の信仰とは、功徳とか効果とかいう欲念を捨てた先にある

  • 南泉の言葉や常識や思考や理屈の束を断ち切れという行動に驚いた猫のイメージ。
    従容録

    従容録第九則南泉斬猫:常識を超えろ!理屈を飛び越える奇想天外

  • 私にとって従容録とは、禅の源流をたどるための書物である。モンゴル帝国時代、夕暮れの禅寺の遠くに馬が走っているイメージ。
    従容録

    従容録とは―社会的価値に縛られない、本来の自分を生きるための教え

  • 地蔵は、田を植え、米をついて食べることだと言った。修行とは、議論をすることではなく、日常生活だというイメージ。
    従容録

    従容録第十二則地蔵種田:ただ坐ればよいという参究なき禅と飽参の人

  • 趙州の、特別な霊場に行くことが修行なのではなく、いま踏み出している一歩こそが修行である、という教示を示した道をイメージ。
    従容録

    従容録第十則台山婆子:禅は道場でないとできないのか?

  • 黒と白の碁石。馬祖(ばそ)が問いかける、言葉や概念による解釈を差し挟まず、事実をありのままに観ずる境地を象徴するイメージ。
    従容録

    従容録第六則馬祖白黒:本来の指導とは、教えることではなく指導者が自ら成長し続けること

  • 臨済:喝! 臨済の喝は言葉以前のはたらきの表現である。喝のすがすがしさを青空と太陽の光で表現している。
    従容録

    従容録第十三則臨済瞎驢:坐禅という行動があれば言葉による体系は不要だ

  • 徳山は黙って立ち去った。 黙ることは言葉以前のはたらきの表現である。徳山のこうした虎のような様子をイメージ。

    従容録第十四則廓侍過茶:返事をしないことが返事——反応しないことで主導権を握る

  • 臨済:喝! 臨済の喝は言葉以前のはたらきの表現である。喝のすがすがしさを青空と太陽の光で表現している。

    従容録第十三則臨済瞎驢:坐禅という行動があれば言葉による体系は不要だ

  • 地蔵は、田を植え、米をついて食べることだと言った。修行とは、議論をすることではなく、日常生活だというイメージ。

    従容録第十二則地蔵種田:ただ坐ればよいという参究なき禅と飽参の人

  • 雲門は悟りにも病があると言った。たくさん勉強をして主体的に判断することを辞める、主体を崩すことが薬となるということをイメージ。

    従容録第十一則雲門両病:悟りは完成ではない

  • 趙州の、特別な霊場に行くことが修行なのではなく、いま踏み出している一歩こそが修行である、という教示を示した道をイメージ。

    従容録第十則台山婆子:禅は道場でないとできないのか?

  • 南泉の言葉や常識や思考や理屈の束を断ち切れという行動に驚いた猫のイメージ。

    従容録第九則南泉斬猫:常識を超えろ!理屈を飛び越える奇想天外

  • 野狐が眠っている様子。百丈の因果に落ちるとか落ちないという判断ではなく、因果を認めその中で生きつつ、真正面から向き合う(不昧因果)ことが肝心なのだということをイメージ。

    従容録第八則百丈野狐:判断を超えて現実に真正面から向き合う

  • 泣く子どもにその場しのぎであげる葉っぱの様子。薬山の示す、禅は無言無説であるから、お経や文字は道具でしかないことをあらわすイメージ。

    従容録第七則薬山陞坐:手取り足取り世話することに依存しない

  • 黒と白の碁石。馬祖(ばそ)が問いかける、言葉や概念による解釈を差し挟まず、事実をありのままに観ずる境地を象徴するイメージ。

    従容録第六則馬祖白黒:本来の指導とは、教えることではなく指導者が自ら成長し続けること

  • 青原の示した、お米の価格の変動のように、仏法も状況・縁起・関係性の中で絶えず変動しているというイメージ。

    従容録第五則青原米価:米の相場が常に変動しているように、仏法の根本も絶えず変動している

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