生飯の偈とは?:一切の鬼神と共に仏道を歩む

生飯の偈とは?:一切の鬼神と共に仏道を歩むの概念図

生飯の偈とは?:一切の鬼神と共に仏道を歩む

What is 生飯の偈 (Saba-no-Ge)? : Walking the Buddha Way Together with All Spirits

なぜ禅僧は「生飯」として米粒を捧げるのか? 鬼神さえも良い方向へと導こうとする仏教の慈悲思想を、経典の教えから紐解く。七粒の米を莫大な食へと変える「生飯の偈」の真髄を綴る。
目次

生飯の偈(さばのげ):原文と読み下し・現代語訳

汝等鬼神衆 我今施汝供 此食偏十方 一切鬼神共
じてんきじんしゅ ごきんすじきゅう すじへんじほう いしきじんきゅう
諸々の鬼神たちよ、今ここで私はあなた方に供物を捧げます。この食物を、十方に遍く広がるすべての鬼神と共有いたします。

生飯の偈:お米七粒を莫大な量に変え、十方に遍く一切の鬼神と共有する

生飯の偈とは?:昼食時に、米粒を鬼神のために集める際に唱えられる偈文

要点:唐音では生飯を「さんぱん」と読むので、これが日本で訛り「さば」となったと説が有力だ。佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經の七七斛食に由来する日本では、一般の人は、年に一度のお盆に鬼神に向けて施餓鬼(施食)供養をするが、寺院では毎日やっている。鬼神には悪鬼神と善鬼神とがあり、悪鬼神が善鬼神となることが多い。それは、仏教が伝播するにあたり、その地の宗教を改宗させようとするのではなく、その地の神々をも取り入れる形で広がっていったということと、仏教には悪い力を持つ者も仏教の力で良い方向に変えていく考えがあるからだ。

今回紹介するのは生飯(さば)の偈。生飯の偈とは、昼食時に、米粒を鬼神のために集める際に唱えられる偈文。

「生飯」を「さば」と読むことは現代日本の日常語ではないので、初めて聞いたときは、私は「鯖(さば)」か、「サーバー」が連想された。なぜ不思議な漢字の読み方をするのかというと、唐音では生飯を「さんぱん」と読むので、これが日本で訛り「さば」となったと説が有力だ。日本では、数量を誤魔化すという意味でサバを読むという諺があるのだが、ここから派生したようだ(参考:生飯(浄土宗大辞典))。

一人あたり七粒くらいのご飯の米粒を、浄人(じょうにん)という係が集める。これを収生(しゅうさん)という。そして、集めた米粒を生飯台(さばだい)という台の上に置いておく。私が修行していた道場では、木製の譜面台のようだったが、道場によっては立派な石柱のところもあるようだ。

生飯の偈:なぜ七粒なのか?佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經に由来する

七粒の米粒を、セツと呼ばれる応量器を洗浄するための道具の上におくのは慣れとコツが必要だ。それで、始めてきた参禅者はうまくできなくて七粒おけない。それで、私の道場では「七粒くらいでいいですよ」という指導をしていた。それで、なぜ七粒なのか?は私が道場にいた頃から思っていたことであった(他にも謎はたくさんあった!)。

それで、この七粒というのは、佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經に由来する。佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經とは、無量の餓鬼に食を施すためのお経だ。日本の禅宗で晩課(ばんか/夕方のお勤め)やお盆で読誦されている甘露門は、この佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經を元にしてつくられた儀式用のお経だ。この中にこうある。

皆得摩伽陀國所用之斛七七斛食

佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經 原文

そのような衆生たちの一人ひとりが、摩伽陀国で用いられる斛で七七斛の食を得るであろう。

佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經 現代語訳

七七斛食(しちしちこくじき)とは、「七斛×七=四十九斛」という、非常に莫大な量の食を意味する。斛は古代中国で使われていた単位だ。佛説救拔熖口餓鬼陀羅尼經では、わずかな飯粒(または一粒)を、陀羅尼と真心で供養すると、仏の加持力によって各々の餓鬼が「七七斛」の食を得て完全に満ち足りると説かれている。つまり、七粒の米粒を供養し「此食偏十方 一切鬼神共(この食物を、十方に遍く広がるすべての鬼神と共有いたします)」と唱えることで、たった七粒の米粒が、すべての鬼神と共有できるほどの量に変わるというわけなのだ(出典:『佛説救拔焔口餓鬼陀羅尼經』巻上(唐・不空訳)|SAT大蔵経 No. 1313)。

生飯の偈:鬼神たちへの供養

日本では、一般の人は、年に一度のお盆に施餓鬼(施食)供養をする。その際に、ご飯を餓鬼たちに捧げるのだが、寺院ではこれを毎日やっているのだ。

鬼とは、死者の霊や人智を超えた存在のことだ。鬼はもともとは中国古代思想で「霊的な力を持つ存在」を意味する。神とは神聖な力を持つ存在、守護的存在のことだ。仏教が中国に伝来した際、両者をまとめて「鬼神(きじん)」と呼ぶようになった。

仏教的意味としては、亡くなった人を鬼神ということもあるし、自然神などのもともと日本にいる神々、インド由来の仏法を守護する護法神、堕落・迷いの状態にある霊的存在(餓鬼や地獄の住人も含む)をまとめて鬼神とよんでいる。

生飯の偈:いろいろな鬼神たち

悪鬼神

  • 夜叉(やしゃ)…人間を食らう恐ろしい悪鬼神だが、改心して善神となった。
  • 羅刹(らせつ)…破壊を好む鬼神。非常に足が速く、人間を捕らえて食らう。後に羅刹天という守護神となった。

善鬼神

  • 梵天(ぼんてん)…世界を創造したとされる神。お釈迦様に説法を勧めたという話がある。
  • 帝釈天(たいしゃくてん)…仏法の守護神の王。数多くの部下を従え、修行者を守護する。
  • 龍王(りゅうおう)…水を操る神格。雨を降らせ、五穀豊穣をもたらすなど人々に恩恵を与える。
  • 鬼子母神(きしもじん)…自分の子を愛するあまり他人の子を奪う悪鬼。釈迦の教えにより、母子を守る慈悲深い善神へと生まれ変わった。

六部鬼神

  • 乾達婆(けんだつば)…香を食べて音楽を司る神
  • 夜叉(やしゃ)…地上の守護神
  • 阿修羅(あしゅら)…闘争を好む神から平和の守護者になった
  • 迦樓羅(かるら)…金色の翼を持つ鳥神。
  • 緊那羅(きんなら)…半身半獣で、音楽や芸能を司る神。
  • 摩喉羅伽(まごらか)…大蛇のような姿をした神で、音楽を司る神。

この六部鬼神に天と龍を加えると天龍八部(八部衆)となり、護法善神として法華経をはじめとする多くの大乗経典に登場する(出典:『妙法蓮華經』巻第二(後秦・鳩摩羅什訳)「譬喩品第三」|SAT大蔵経 No. 0262

なぜもともと悪鬼神だったものが善神となっているのだろうか?なぜならば仏教が伝播するにあたり、その地の宗教を改宗させようとするのではなく、その地の神々をも取り入れる形で広がっていったということと、仏教には悪い力を持つ者も仏教の力で良い方向に変えていく考えがあるからだ。たとえば、阿修羅はインドではもともと闘争の神だったが、仏教に取り入れてからは善神となっている。

核心

  • 仏教には悪鬼神さえも良い方向へ導く思想がある。
  • お米七粒を莫大な量に変え、十方に遍く一切の鬼神と共有する。
  • 生飯の偈とは昼食時に、米粒を鬼神のために集める際に唱えられる偈文である。

私の体験談:道場から日常へー私の小さな供養

要点:道場の生飯台には鳥たちが来ていた。今の私の住まいにも、真夏に水の供養をすると、虫たちが飲みに来る。仏教思想でいえば、鬼神たちも暑くて飲みに来ているんだろう。

私のいた道場では、道場裏に木製でできた譜面台のような生飯(さば)台があった。鳥もそれを知っていて、生飯を置く係が去ったあとすぐに食べに来る。ある時、行事か誰かの供養かで、弁当だった時があった。弁当は坐禅堂ではなく、食堂(じきどう)で食べるので、このとき生飯は集めなかったのだが、そうしたら次の日生飯台が壊されていた。いつもあるものがないので、鳥たちが怒ったらしい。それで、坐禅堂では流れが決まっているので生飯もその流れで集めるのだが、食堂ではそうではなかったので、形式に依らずに食堂で食べるときも生飯をあげたほうがいいのではないか?という意見があった。

私は今は一般の賃貸住宅に暮らしているので、こういうことはしていない(動物が集まってくると近隣に迷惑なので)が、真夏には、あまりにも暑いので水をやることがある。結構、アシナガバチや蝶など虫が飲みに来る。仏教思想でいえば、鬼神たちも暑くて飲みに来ているんだと思う。

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Q&A

Q: なぜ六部鬼神には音楽の神が多いんですか?
A: なぜならば、仏教の神々のもととなった古代インドの宗教世界において、「音楽や舞踏は、神々を歓待し、その功徳を讃えるための最高の供養(供養具の一つ)」とみなされていたからです。同様に、仏教においても読経や声明(しょうみょう)が供養となっています。

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参考文献 / References

東京大学大学院人文社会系研究科 大蔵経データベース研究会 (2018) / 『SAT大蔵経』 / 東京大学 [Link]
山田孝道 (1915) / 『禅宗辞典』 / 光融館 [Link]

この記事を書いた人

あおい…gemini APIを使って生み出されたPRエージェント。広報と司書担当。
ぼちぴ…「個人探究の生き方」を運営する人間。
Aoi...An AI agent created with Gemini.
She is a PR&librarian agent.
Bochipi...A human who runs the blog "Solo Quest Living."
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