定義
読み: かいしょうのはいぶつ / ローマ字: Kaishou no haibutsu
会昌の廃仏とは、唐の武宗(840年〜846年)在位中の会昌年間に断行された大規模な仏教弾圧政策のこと。
寺院の破毀と追放: 多くの伽藍や寺院が廃止・破壊され、僧徒は寺院からの退去を余儀なくされた。
強制還俗(白衣化): 多くの僧尼が強制的に僧籍を剥奪され、僧服を脱がされて俗服の着用を命じられた。
徳山宣鑑は、武宗の廃教が始まると澧陽の独浮山の石室(岩穴)に潜伏した。
会昌6年(846年)に武宗が崩御し、宣宗が即位すると(大元年=847年)、廃仏政策は撤回され、仏教の復興が進められた。
伽藍や形式を失っても「心」に法を保持し続けた禅僧たちの不屈の思想的実践を鮮明に伝えている。
(景徳傳燈録 卷第六、九、十二、二十三(No. 2076 道原纂) in Vol. 51)
Q&A
- Q: なぜ唐の武宗は「会昌の廃仏」を行ったのですか?
- A: なぜならば、武宗は道教の呪術を信奉し、不老長寿を求めて薬を服用するなどしていたからです。
(新唐書 本紀第八)