核心
従容録 第三十一則 雲門露柱とは、雲門文偃が「古仏と露柱とが相交わるのは、どのようなはたらきの段階か」と問い、誰も答えられない門下に対し「南山に雲が起き、北山に雨が降る」と自問自答した公案。一般には、「主観と客観のへだたりが消え去った絶対の不二・主客合一の境地」とされるが、本辞典ではこれを「思慮分別による段階や階層の計算を捨て、最高の仏も目の前の物も最初から一元的に響き合っている事実を踏まえ、いま目の前の客観世界や環境そのものになりきって無心で共にはたらくことの中にこそ、本物の道がある」という、実践的教えとして定義する。
Q&A
- Q: なぜこの公案では、「最高の仏(古仏)」と「ただの建造物の柱(露柱)」という極端な二つが組み合わされているのですか?
- A: なぜならば、「仏は特別で、物や環境はコントロールされる対象だ」という人間の勝手な思い込み・主客分断の思慮分別を打ち破り、いかなる存在も最初から等しく一元的に作用し合っている事実を鮮明に突きつけるためです。