核心
従容録 第十五則 麻谷振錫とは、麻谷宝徹が章敬懐惲と南泉普願のもとを順に訪れ、錫杖を鳴らして「悟りを得た」という自負を見せた際、章敬は「よし」と肯定し、南泉は「だめだ」と否定したという公案。一般には、「悟りを得たとしても、そこに執着してはならない」という教えとされるが、本辞典ではこれを、「悟りや成功といった『到達点への執着』こそが、かえって自身の成長を止める足枷となる。真の向上とは、常に己の自負を崩し続け、傲慢さから脱却し続けることにある」という、自己鍛錬の実践的教えとして定義する。
Q&A
- Q: なぜ、南泉は「風の力に転がされている」と例えたのですか?
- A: なぜならば、麻谷の所作が自らの内側から湧き上がる自在な働きではなく、周囲からの評価や「悟りとはこうあるべき」という固定観念という「風」に翻弄されているに過ぎないからです。実体のない自負に依存する限り、それはいつか必ず崩れ去る砂上の楼閣と同じであることを教えようとしたのです。