🆕 8/2 従容録 第十八則 趙州狗子:理屈をぶっ壊し、今ここの現実にガツンと飛び込め

従容録 第十九則 雲門須彌

従容録第十九則:雲門須弥。「須弥山」が示す即座の二見断絶と、世間の正解から離れて各自が動じない主体性を取り戻す実践を表現した青の概念図。
従容録 第十九則 雲門須彌

Shoyoroku Case 19: Yunmen's Mount Sumeru

核心

従容録 第十九則 雲門須彌とは、ある僧が雲門文偃に対して「一念も起こさない状態に、なおも過ちはありますか」と問うたのに対し、雲門が「須弥山」とだけ答えた公案。一般には、「各々が何事にも動じない須弥山のような存在となれば、念の有無など問題にならない」とされるが、本辞典ではこれを「世間が作り出す『正しいか間違っているか』という二見対待の井戸端会議から離れ、自らが動じない真理そのものとして今を生きる実践の教え」として定義する。

Q&A

Q: なぜ、禅の教えを実践するためには「井戸端会議を辞めること」が第一歩になるのですか?
A: なぜならば、「正規か非正規か」「病気か無病か」といった世間の価値観や品定めに囚われている限り、私たちは常に心の動揺から逃れられないからです。そこから抜け出すことこそが、自分自身の足元を見つめ、何事にも動じない「須弥山」となるための土台となるからです。

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参考文献 / References

加藤咄堂 (1941年頃) / 『修養大講座 第9巻』 / 平凡社

本記事の解釈や訳は、 加藤咄堂(1941年頃)『修養大講座 第9巻』平凡社 に依拠する。

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