馬祖道一と百丈懐海と智蔵:禅の「本来の指導」とは何か
従容録 第六則 馬祖白黒
ある僧:四句を離れ、百の否定も断ち切って、どうか西来意を示してください。
馬祖大師:今日は疲れている。お前のために説くことはできない。智蔵に聞いてこい。
僧は智蔵に問うた。
智蔵:なぜ和尚(馬祖)に聞かぬのだ?ある僧:和尚が、あなたに聞けと申されました。
智蔵:今日は頭が痛い。お前のために説くことはできない。海兄に聞いてこい。
ある僧は海兄に問うた。
海兄:そのことなら私もわからないんだよ。ある僧はこの一部始終を馬祖大師に報告した。
馬祖:蔵は頭が白く、海は黒い。
従容録 第六則 馬祖白黒
あらまし:馬祖道一(ばそ どういつ)と弟子たち
要点:登場人物は馬祖道一、智蔵、百丈懐海、ある僧。馬祖道一は南嶽懐譲(なんがく えじょう)の弟子である。馬祖道一の弟子である智蔵と懐海について、馬祖は『教は藏に入り、禅は海に帰す』とほめた。
今回の登場人物は馬祖道一(ばそ どういつ)、智蔵、百丈懐海(ひゃくじょう えかい)、ある僧の四人。
馬祖道一は漢州(四川省)の馬氏の生まれで、南嶽懐譲(なんがくえじょう)のもとで悟りを開き、この時代では、石頭希遷(せきとうきせん)と並んで二代巨頭であり、どちらかに入門すれば道を悟ることができるとさえいわれるくらいだったという。馬祖は棒をふるい、鼻をねじ上げ、耳を引っ掴み、蹴り倒すといった風で、禅といえば暴力という風潮はこの馬祖がつくったようだ。
智蔵は、江西の出身で、子どもの頃、寺院で『涅槃経』の講義を聴いて、13歳の頃に父母を説得して出家し、馬祖道一の門に入った。
百丈懐海は智蔵の兄弟子で、福州(福建省)出身で、馬祖のもとで修行し、百丈山に住んで清規 (Pure Rules)という道場の規則をつくった。
この智蔵と懐海の二人については、馬祖が『教は藏に入り、禅は海に帰す』とほめるくらい、有力であったが、馬祖、智蔵、懐海の三人で一人の僧を指導するくらいだから、ある僧は無名であるが大切にされていたようだ。
ある僧の問い:一切の議論や説明を拒絶し、経典以外の教えを示して下さい
要点:ある僧は、馬祖道一に「四句を離れ、百の否定も断ち切って、西来意を示してください。」と聞いた。これはつまり「一切の議論や説明を拒絶し、経典以外の教えを示して下さい」という意味だ。
さて、本題に入ろう。
ある僧が馬祖道一に「四句を離れ、百の否定も断ち切って、西来意を示してください。」と聞いた。これは鎖口問(さくもん)といって、相手の口を封じておいて、しかも質問に応じてくれという無茶振りだ。
四句百非とは、議論の範疇のことだ。四句百非の四句とは、有る(有句)・無い(無句)・有るでもなく無いでもない(非有非無句)・有りでもあり無いでもある(亦有亦無句)のことだ。百非とは、この四句の組み合わせのことで、まず4✕4の16通り、これをさらに過去・現在・未来にかけて46通り、さらに既起と未起と二通りでかけて96通り、最後に根本の四句を加えて百非となる。四句を離れ百非を絶すというのは、一切の議論や説明を拒絶するという意味だ。
西来意というのは、達磨がインドから中国へやって来た意図という意味で、つまりは経典以外の教えという意味だ。
馬祖道一のアドバイス:他人に求めるのではなく自分で体得しなさいよ
要点:馬祖道一は適当な言い訳を言ってある僧をかわした。これは「自分で気づけ」という意味だ。他の弟子たちも、馬祖道一のやり方を踏襲して、そのように対応した。
そんな無茶振りをするある僧に対して、馬祖は「今日はなんだか疲れているのでおまえに西来意(経典以外の教え)を示すことはできない」と言ってかわした。これは、ある僧が四句を離れ百非を絶するところまで来ているということは、西来意について、いい線いっているわけだから、なにも俺(馬祖)に求めなくても、自分で言句を隔絶してみればそこに西来意があると気づいたらどうかな?という意味だ。
しかし、馬祖は全くアドバイスを放棄したわけではなくて「お前のために説くことはできない」とアドバイスしている。これは、アドバイスしていないように見えるが、無舌人の解語といって、言葉なくして教えることだ。
そして、これだけでなく「智蔵に聞いてこい」とアドバイスした。これは文字通り智蔵へ聞いてこいという意味ではなく、「おまえ自身に聞け」という意味だ。
それで、ある僧はのこのこと智蔵のところにでかけていったのだが、智蔵は「どうして和尚に聞かないのか?」ととぼけた。これは、智蔵に、馬祖のやり方が染み付いていることを示している。ある僧はどこまでも正直に「和尚が、あなたに聞けと申されました。」と答えた。また智蔵は馬祖そっくりに「今日は頭が痛いからお前のために説くことはできない。」といって、懐海のもとへ行くようにいった。馬祖も智蔵も「他へ行け」と言ったのは偶然ではなく、そういう指導法なのだが、残念ながらある僧は気づかず、ある僧は懐海に問うた。
懐海は「そのことなら、私もわからないんだよ。」と言った。ある僧はがっくりきたわけだが、このわからないというのは、第二則 達磨廓然のときの知らないと同じで、他人に求めるのではなく自分で体得しなさいよ、という意味だ。
関連記事:従容録 第二則 達磨廓然:仏教の本来の信仰とは、功徳とか効果とかいう欲念を捨てた先にある(他人に求めるのではなく自分で体得するべきだ、という点で共通)
馬祖道一の白と黒:あたりまえを観ることの重要性
要点:ある僧は馬祖道一の「自分で体得しなさい」の真意がわからず、弟子たちからも教えを受けられなかったと報告した。馬祖はさらに「ありのままに見てきたか」というアドバイスを与えた。
ある僧はこの一部始終を馬祖に報告した。馬祖は「智蔵は頭が白く、懐海は黒い。」と言った。これは、智蔵の頭髪は白いし、懐海の頭髪は黒いことをおまえはよく見てきたか、という意味だ。
この、白黒はいろいろな説に分かれることになったが、実は、柳は緑で花は紅、太陽は東から昇り月は西に沈む、山は高くて海は深いのと同じで、単に白髪と黒髪の様子を言っただけだ。
これをいかにあたりまえにありのままに受け取るかが禅では重要となるのだが、達磨がどうの、西来意がどうの、とあれこれ考えてしまう。
核心
- 馬祖道一の言葉なくして教える態度は、自ら考え体得することの重要性を説いている。
- 馬祖が示したのは、あれこれと理屈をこねるのをやめ、目の前にある当たり前の現実を、そのまま、ありのままに受け止めるという姿勢だ。
- 他人に答えを求めず、白髪は白く黒髪は黒いという厳然たる事実を直視したとき、私たちは言葉以前の真実へと立ち返ることができる。
私の体験談:禅の公案は現代の教育へも問いを投げかける
要点:あえて説明しない・迷わせる・自分で立たせる・結果に介入しないという方法をとることで、参学者も指導者も、自分の参究を深めていくことができる。
私は教える仕事をしているのだが、どうしても、言葉でなんでもかんでも手取り足取り説明しなければならない、と思ってしまう。これは、迷わせない・失敗させない・逸脱させない・結果に導くという管理的な教育観だ。そもそも、日本では、高校以下の学校は、本質的には個人の探究を深める場ではなく、社会を維持するための統制装置として設計されている。
しかし、本来、指導者とは「うまく教える人」ではなく、自ら問い続け、更新され続けている人であり、教える行為は副次的である。それだから、指導が主になり、指導者自身の成長が退いた瞬間、教える行為は管理や再生産へと変質する。もちろん、私は社会統制のための管理教育に反対しているわけではない。
しかしながら、近年、日本では、学校には自由、個別配慮、至れり尽くせりが強く求められるようになった。これは教育理念の進歩というより、学校のサービス業化によるものだ。指導者の教え方が上手になることは結構なのであるが、自立せずに文句ばかり言い、成長しないこども・おとなが増えてしまう。
今回の禅の公案では、あえて説明しない・迷わせる・自分で立たせる・結果に介入しないという方法をとっている。こうすることで、参学者は自分で参究し、深めていくことができるし、指導者も参学者の世話で手一杯にならず、自分の参究を深めていくことができるのだ。
この公案は、現代の教育への問いでもあるのだ。
現代の生活に活かす禅のヒント:それぞれが自らの成長に徹すること
要点:指導者や参学者という立場を超えて、お互いが自律して学習する態度で成長し続けることが大切である。
今回の古則では、あえて説明しない・迷わせる・自分で立たせる・結果に介入しないという方法をとっていた。このように、本来の指導とは、指導者が自ら成長し続け、その副産物として成長していく姿勢を見せ、「他人に求めるのではなく自分で体得しなさいよ」と伝えていくことなのである。こうすることで、参学者は自分で参究し、深めていくことができるし、指導者も参学者の世話で手一杯にならず、自分の参究を深めていくことができる。
Q&A
- Q: なぜ日本の公立学校は「本当の教育」がなされていないと批判されているのですか?
- A: なぜならば、私的教育の役割と公共教育の役割を切り離して考えていないからです。学校は、社会を維持するための基礎を学ぶ「統制装置」としての重要な役割を持っています。「自分の人生をどう生きるか」考えるためには、私塾や寺院などの私的教育によって補完させる必要があるのですが、多くの私塾は受験偏重の傾向があり、寺院は葬儀などの社会サービス中心となってしまっています。このブログは、禅を個人探究として扱うことで、公共教育を補完する個人探究の方法の提供を目指しています。
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