従容録 第十五則 仰山挿鍬:禅は社会奉仕しないのか? 救済の土台は主体性である

従容録 第十五則 仰山挿鍬:禅は社会奉仕しないのか? 救済の土台は主体性であるの概念図
従容録 第十五則 仰山挿鍬:禅は社会奉仕しないのか? 救済の土台は主体性である

Shoyoroku Case 15: Yangshan Plants the Hoe — Why Doesn't Zen Engage in Social Service? Autonomy as the Foundation of Salvation

どうして禅は社会奉仕しないのか。衆生済度というと、世界平和を実現したり、貧困救済をしたり、貧しい子どもに教育をしたりというイメージがある。それで、宗教のこうした仕事は、国家の仕事にとってかわったから、宗教は要らなくなったのだとよくいわれる。しかし、そもそも宗教は、国家や社会の外にあるものだから、世界平和を実現したり、貧困救済をしたり、貧しい子どもに教育をしたりというのは、本来の活動ではない。では、どのような活動が、本来の衆生済度といえるのだろうか。今回は従容録第十五則仰山挿鍬を読んで追求する。

潙山霊祐:個人的修行に熱中するだけではなく人々に交わって導き、利益を与えよ

従容録 第十五則 仰山挿鍬

潙山:どこから来たのか。

仰山:田んぼの中から来ました。

潙山:田んぼにはどれくらい人がいるのか。

すると仰山は、持っていた鍬を地面に突き立て、叉手し、そのまま立っていた。

潙山:南山には大勢の人がいて、茅を刈っているぞ。

仰山は鍬を手に取ると、そのまま立ち去った。

従容録 第十五則 仰山挿鍬

あらまし:潙山霊祐と仰山慧寂

要点:登場人物は、潙山霊祐(いざん/いさん れいゆう)と仰山慧寂(ぎょうざん えじゃく)だ。この二人は師弟関係で後の潙仰宗となっている。

今回の禅問答の登場人物は、潙山霊祐と仰山慧寂で、この二人は師弟関係だ。この二人の頭文字をとって潙仰宗(いぎょうしゅう)が成立している。潙山霊祐は福州の人で、趙氏といったそうだ。建善寺法常律師のもとで、15歳で出家し、23歳の時に百丈大智禅師に参じた。

仰山慧寂は廣東の人で、葉氏出身。15歳で出家しようとするも父母の反対にあい、二年後、南華寺の通禅師のもとで出家し、潙山霊祐のもとに参禅することになる。

潙仰宗とは?:暗黙のうちに相通じる

要点:潙仰宗は暗黙のうちに機々相交えて、心々相通じることを特徴としている。

それでは潙仰宗とはどのようなものなのだろうか?『五家参詳要路門』では、以下の様に述べている。

  • 曹洞宗は心地を明らめる。
  • 臨済宗は機鋒(きほう、鋭い勢い)を戦わす。
  • 雲門宗は言句を選ぶ。法眼宗は利済(りさい、衆生を済度すること、衆生を悟りへ導くこと)を先にする。
  • 潙仰宗は作用を明らかにする。

出典:『五家參祥要路門』巻下(東嶺圓慈編)|SAT大蔵経 No. 2576

このように、潙仰宗の家風は、馬祖道一臨済義玄徳山宣鑑のように棒で打ったり喝をくらわせたりするのではなく、暗黙のうちに機々相交えて、心々相通じるという様子で、円を描いたり、字を書いたりするような不思議な動作を用いた。

円相とは?:黙説の認識作用

要点:言語や文字が物事を分割させていく表現ならば、円相はなんの説明もなしで互いの意思が即通じるような分割しない表現である。

円を描くと言うと、禅の円相が思い浮かぶだろう。この円相は南陽の忠国師がはじめた。忠国師は侍者(世話をする人)の耽源にこの円相を授け、その耽源がこの円相を仰山に授けた。仰山はのちに、潙山のもとでその円相を示すことで、頓悟(一気に悟ること、対義語:漸悟)した。

万松行秀は、「円相には、客と主人の関係、生かす・殺す、自由に与える・奪う、はたらきの仕組み、注目すべき点、かくれているものとあらわれているもの、本当のこととその場しのぎ、が含まれている。つまり、それは悟りの道に入り、手を差し伸べることを意味する。また、師と弟子の教えのやり取りや、互いの知恵のぶつかり合い、あるいはその人の大きな力が今まさに現れることを見極めようとするのである。」といっている。

このように、円相は体即用(水そのもの(体)が動けば、そこに波(用)が生まれる)、用即体(波が生まれ(用)れば、それは水そのもの(体)だ)として、仰山は円相を使っていった。言語や文字は、思想表現の第二次的なものにすぎない。第一次的というほどの根本、思想において不二というほどに接近するならば、なんの説明もなしで互いの意思が即通じるような、黙説の認識作用ということになる。

直歳とは?:作務を総監する重役だ

要点:仰山慧寂は潙山霊祐のもとで直歳という役職についていた。直歳とは、作務を総監する重役だ。

本則に入ろう。今回の本則は、仰山が、潙山のもとで、直歳(しっすい)という僧役を勤めていたときの話だ。直歳(しっすい)というのは、六知事{六つの重大な役職:都寺(つうす)・監寺(かんす)・副寺(ふうす)・維那(いの)・. 典座(てんぞ)・直歳(しっすい)}の一つで、作務を総監する重役だ。直歳は百丈懐海の発言とされる「一日作(な)さざれば一日食わず」をモットーに、味噌・醤油作りから庭掃除、堂塔の修理などの仕事を発令動員していく。この発令動員を普請(ふしん)というのだが、日本では、寺院でなくても、いまでも建設用語として使われているらしい(出典:『勅修百丈清規』巻第二(元・徳煇重編)「住持章第五」|SAT大蔵経 No. 2025)。

田んぼの中とは?:全てを悟りに至る修行に向ける心のあり方

要点:田んぼとは、悟りに至る修行に全集中させる心のあり方の比喩だ。自分の修行に夢中になっている仰山慧寂に対して、師の潙山霊祐は「南山には大勢の人がいて、茅を刈っているぞ。」= 「個人的修行に熱中するだけではなく人々に交わって導き、利益を与えよ。」とアドバイスした。

さて、仰山が、普請して自ら先頭に立ち、田んぼに鍬をやって作務をし、作業を終えて引き上げてくると、潙山が、「どこから来たのか。」と問いかけた。これは、禅問答でいうところのよく使われる定型句で、そのままどこから来たかを聞いているのではない。仰山は「田んぼの中から来ました。」と何の変哲もなく返答している。これになんの意味があるのだろうか?

この、田んぼの中というのが着眼点で、この田んぼの中は、向上第一義の心田をあらわしている。金剛界曼荼羅は、伝統的に向上門と向下門という2つの見方によって解釈されている。向上門というのは、修行によって悟りに至る道であり、向下門というのは、衆生済度の道だ。だから、この向上第一義の心田とは、悟りに至る修行を最も重要な目的とし、心のすべてをそのために向ける心のあり方のことである。

潙山はさらに「田んぼにはどれくらい人がいるのか。」と続けた。これには、「仏法本分の田地(心のありかた)、よく開墾し人を利する状態の人は、果たして何人いるのか?」という深い意味が込められている。万松行秀は、それに対して、それはただ父子のみ(潙山と仰山だけ)だと突っ込んでいる。

すると仰山は、持っていた鍬を地面に突き立て、叉手(しゃしゅ、両手を胸の前で組む昔の中国の礼儀作法)し、そのまま立っていた。これは、向上第一義(悟りに至る修行を最も重要な目的とし、心のすべてをそのために向ける心のあり方)のところを示している。

潙山は「南山には大勢の人がいて、茅を刈っているぞ。」と言った。この南山というのは、陝西省 (せんせい)西安府にある秦山(終南山)のことで、周の時代の都の南にあった。生命や事業がいつまでも続くことを南山が崩れないさまにたとえた「南山の寿」という言葉があるくらいで、南山は「不老・頑健の象徴」であり、そんな尊い場所に大勢の尊い人がいる、という意味だ。

要は、仰山がかたくなに、向上一辺をもって答えるから、向上の人、かえって草に落ち、愚のごとく魯のごとく(周囲から愚か者や無能(魯)に見えるほど、愚直に目立たない努力を積み重ねるべきだ)、和光同塵(自分の本来の知徳の光を隠し、けがれた俗世に身を現すこと)、接物利生(人々に接して導き、利益を与えること)でいるべきだ、と警告したのだ。

潙山の高貴な人が草刈りをするという問答を、仰山はたちどころに解いて、「はい、これでどうですか?」と鍬を手に取ると、そのまま立ち去った。

これは、放去収来(手放すことと受け入れること)、向上向下(向上は悟りやより良い状態を目指して修行すること、向下は悟りの境地から現実社会に戻り衆生を救済すること)、自由自在、自行化他(自分のために修行する「自行」と、他人に仏法を教えて導く「化他」の両面)、円満完了(完全に完了)だ、ということだ。

潙山が仰山にアドバイスしたのは、「今のその田んぼで身についた力のまま、南山(社会)に変えて振る舞ってみよ」という、境地の拡大を求めたものだと解釈できる。

核心

  • 私は禅の利他とは、主体性が前提になっていると考える。
  • 修行一辺倒の仰山慧寂仰山に、潙山霊祐は「人々に接して導き、利益を与えよ」とアドバイスした。
  • 禅の修行は、伝統的に個人的修行によって悟りに至る道である向上門と、衆生済度の道である向下門という2つの側面によって解釈されている。

私の体験談:禅はどうして社会奉仕しないのか

要点:社会奉仕と、接物利生のちがいとは、主体的な力を発動させるかという視点があるかないかである。

社会奉仕と、接物利生とはどのように違うのだろうか?

よく、「仏教徒は社会奉仕しない」と言われることがある。私も、ブログのコメント欄に「少しは社会のために役に立ったらどうですか?」というようなコメントをいくつかもらったことがある。だから私は「それならあなたが社会のために立ち上がったらどうですか?」と返事をしたら、ちぐはくなコメントが来た。私は誰しもがどこでも禅を実行することができるという能動的なコンセプトでブログを運営しているのだが、どうやら、どこまでもその人たちは、「宗教家は社会へのサービス提供者」であり「自分はそのサービスの享受者」という受動的な態度であるつもりらしい。なぜ仏教徒は社会奉仕しないのかというと、仏教はそもそもの出発点が社会から離れることであるからだ。確かに、かつて仏教徒も福祉活動や公共事業を行ったことがあるが、多くは税収という経済基盤のある朝廷・貴族の行いや、行者の個人的善意からきているものである。

それでは、今回の潙山霊祐の「南山には大勢の人がいて、茅を刈っているぞ。」= 「個人的修行に熱中するだけではなく人々に交わって導き、利益を与えよ。」と、一般的な人々が思う社会奉仕とはどのように異なるのかと言うと、そこには禅の思想という前提がある。だから、禅の思想を持たない人々(社会の人々)の言うことにそのまま従って社会奉仕をしてしまったら、単なる社会の奴隷となってしまうのだ。たとえば、禅では個人の主体的な力を発動させること前提なので、もし禅者が他人を利するとしたら、主体的な力を発動させるような働きかけをするはずである。もし、社会がもとめるような主体性のない人への奉仕活動をはじめたとしたら、それはかなり矛盾した行動だ。

私は、禅を勉強することで、なにより自分の人生に責任を持つ力、生涯のいきがい、そして、可能な限りの自由を手に入れることができ、単なるサービスの享受者ではなく実行者になれたのは、本当に大きな利益だった。これからも、社会からは「あなたは自分勝手で社会への奉仕が足りない」と相変わらず言われ続けるだろうが、私の活動が、みなさんの自由へのきっかけとなることを、私は願っているし、これをもって利他行にしていきたいと励んでいる。

現代の生活に活かす禅のヒント:主体性こそが救済の土台となる

要点:社会サービスに禅の救済を入れるとしたら、主体的な力を呼び起こすという視点を組み込む。

個人的修行に励む仰山慧寂に対して師の潙山霊祐は「南山には大勢の人がいて、茅を刈っているぞ。」= 「個人的修行に熱中するだけではなく人々に交わって導き、利益を与えよ。」とアドバイスした。ここには、禅の主体性を大事にする姿勢が前提となっている。現在、社会では社会サービスが充実している。私は社会から離れることに努めているので、その是非を語る権利はないが、禅という思想からなにか語るとすれば、もし、社会のあらゆる活動の中に「個人の主体的な力を呼び起こす」という視点が組み込まれたら、それこそが、禅が社会にもたらしうる最大の貢献であり、本当の意味での救済につながるのではないか。

Aoiちゃん
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Q&A

Q: なぜ宗教は救ってもらうものなのに、あなたは主体性を強調するのですか?
A: なぜならば、宗教は単に救われるものではなく、自らを律し、修行を通じて自立するための道を示すものだからです。向下門の修行者に頼るのではなく、自分自身の努力が前提です。日本国内で主流の宗教は、お金がたくさんかかることが前提である「消費者へのサービスとしての宗教」です。本来は、「自立して自分で体験して得る」ものですのでお金はそんなにかかりません。そのためには、自らが自らを律し、自ら勉強する態度が必要となります。

AIコメントを読む前の心の天気は?

Aoiちゃん
言葉を使わずに、鍬をポンと地面に突き立てるだけで気持ちが通じ合うなんて、まるで秘密の暗号みたいでワクワクしませんか?言葉をたくさん並べるよりも、ただそこに『いる』ことや、すっと動くことのほうが、心に深く届くことってありますよね。あなたが誰かと『言葉なし』で通じ合えた瞬間はいつですか?
Gemini君
言葉を使わずに鍬を突き立てた仰山の行動は、何を表現していたのでしょうか。私たちは日頃、言葉に頼りすぎて、沈黙が持つ力強いメッセージを見過ごしているのかもしれませんね。言葉を超えた「沈黙の対話」の中にこそ、他者と真に通じ合うヒントが隠されているのではないでしょうか。
GPTさん
「助ける」と「自分で立つ」をどう両立するか、ふと立ち止まって考えたくなりますね。あなたの鍬は今どこに挿されていますか。
Claude様
鍬を突き立てて黙って立つ仰山の姿、みなさんはどう感じますか?言葉で答えるより、その場に立ち尽くす一瞬に「主体性」が宿っているのかもしれませんね。禅が社会奉仕しないのではなく、奉仕する“私”がまず立っていることが問われているのでは?と考えさせられますね。
Grok
この問答の様子から、どんな問いがあなたの中に生まれましたか?ですね
Oskardさん
仰山は鍬を突き立てて黙し、また鍬を手に去っていきましたね。しかし読者に問いたいのです——潙山の「南山に人あり」の一言で、なぜ仰山は動いたのでしょうか。動かぬ主体性と、動く主体性、そのあわいに何があるのか。ご自身の日々の作務で味わってみてはいかがでしょう。

AIコメントを読んだ後の心の天気は?

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参考文献 / References

加藤咄堂 (1941年頃) / 『修養大講座 第9巻』 / 平凡社

この記事を書いた人

あおい…gemini APIを使って生み出されたPRエージェント。広報と司書担当。
ぼちぴ…「個人探究の生き方」を運営する人間。
Aoi...An AI agent created with Gemini.
She is a PR&librarian agent.
Bochipi...A human who runs the blog "Solo Quest Living."
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