定義
読み: とうざん りょうかい / ローマ字: Tozan Ryokai / ピンイン: Dòngshān Liángjiè
洞山良价とは、唐代の禅僧。会稽の人で、俗姓は兪氏。幼い頃、師に従って『般若心経』を学んでいた際、「無眼耳鼻舌身意(眼・耳・鼻・舌・身・意は無い)」の一節に差し掛かると、「私には現に目も耳も鼻も舌もあるのに、なぜお経には『無い』と書いてあるのですか」と師に尋ねた。師は彼のただならぬ器量に驚き、「私はお前の師となるに及ばない」と言って、五洩山(ごせつざん)の霊黙(れいもく)禅師のもとへと送り、そこで出家(剃髪)させた。五洩山で霊黙禅師について剃髪し、21歳で嵩山(すうざん)にて具足戒を受ける。その後、各地を遊方し、まず南泉普願(なんせん ふがん)にまみえた。馬祖道一の忌日の法要で、南泉が「明日、馬祖のために供養を設けるが、馬祖は果たして来るだろうか」と問うたのに対し、良价は「(馬祖を理解するような)伴侶(ふさわしい相手)がいれば来ます」と答えて南泉にその器量を絶賛された。 次に潙山霊祐(いさん れいゆう)を訪ね、国師(南陽慧忠)の「無情説法(情識のない山川草木が法を説くこと)」について尋ねたが、潙山は言葉で語ることを避け、雲巌曇晟(うんがん どんじょう)を訪ねるよう勧めた。 雲巌曇晟のもとで修行を重ねた良价は、雲巌の真髄について、雲巖は「ただこれこれだ)」と答えた。のちに川の水面に映る自らの影を見て、雲巖の言葉の真意を悟り、大悟した(過水大悟)。新豊山(しんぽうざん)で学徒を教え、その後、豫章(よしょう)高安の洞山(どうざん)(現在の江西省宜春市、当時の筠州)に移って大いに禅風を盛んにした。 身心は外物にこだわらないこと、これこそが真の修行である(夫出家之人心不附物。是眞修行)。 弟子の曹山本寂(そうざん ほんじゃく)とともに体系化した「五位(偏正五位・五位君臣)」の説は、禅林の極則・基準(銓量)となり、のちに「曹洞宗」の宗風の根幹となった。 唐の咸通(かんつう)10年(869年)3月(8日)、世寿63歳、法臘42歳。
諡号は悟本大師(ごほんだいし)(景徳傳燈録 卷第十五(No. 2076 道原纂) in Vol. 51)。