🆕 8/26 従容録 第二十二則 巌頭拝喝:現実では凡か聖かを自在に扱う

向下

向下の概念図
向下

定義

読み: こうげ / ローマ字: koge

向下とは、絶対的な平等の境地(向上)にとどまることなく、再び現実の相対差別(個々の違いや善悪がある日常世界)へと下り立ち、自らの悟りの智慧を具体的な生活の営みのために自在に発揮すること。また、そのような現実的・実践的なあり方や働きそのものを指す。対義語に「向上」がある。向上とは、すべての区別や言語による分別を超越した、絶対的な平等の世界(悟りの境地)そのもののこと。あるいは、悟った後、仏や祖師という既存の聖なる権威すらも超え、あらゆる執着や概念を打破しようとする、禅における究極の超越的な立場や働きを指す。

Q&A

Q: なぜ「日常の生活が大切」と言いながら、禅では厳しい坐禅や修行が必要なのですか?
A: なぜならば、修行を徹底的に極め尽くした人でなければ、ただの日常生活を「悟りの現れ」として活かすことはできないからです。 厳しい修行(向上)によってすべての執着を打ち破るプロセスを経ずに、ただダラダラと日常生活を送ることは、禅ではなく単なる「怠惰」や「迷い」にすぎないからです。

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