定義
読み: どうご えんち / ローマ字: Dōgo Enchi / ピンイン: Dàowú Yuánzhì
道吾円智とは、唐時代の禅僧。豫章海昏(現在の江西省)の出身で、俗姓は張氏。槃和尚に師事して教えを受け、二十歳で具足戒を受けた。その後、薬山惟儼(やくさん いげん)の法会に加わり、密かに心印(悟りの証)を授かった。太和9年(835年)、享年は六十七、法臘(僧侶としての年数)は四十六で亡くなった。
諡号は修一大師。雲巖と道吾とは同じ薬山惟儼の門下というのもあって、とても親しく、観音の「大悲千手眼」についての問答(「通身是手眼」)が記録されている(景徳傳燈録 卷第十四(No. 2076 道原纂) in Vol. 51)。
Q&A
- Q: なぜ道吾円智は指南派だとあなたは思うのですか?
- A: なぜならば、彼は夾山善會の才能を見出しているからです。同参の船子和尚から「将来、見どころのある修行者がいたら紹介してくれ」と頼まれていた道吾は、若き夾山のもとへ、わざわざ杖を突いて訪ねていきました。そして、夾山の説法の不足を鋭く見抜くと、彼を頭ごなしに否定するのではなく、「船子和尚に参じなさい」と熱心に勧め、夾山が大悟する決定的なきっかけを作ってあげたのです。他人の才能を見逃さず、自ら足を運んで相応しい師に引き合わせる姿勢は、実に見事な教育者・指南役と言えます。景徳伝灯録には、他にも道吾円智の面倒見の良さを示す物語が書かれています。