核心
従容録 第十二則 地蔵種田とは、脩山主の「議論を交わすことこそが仏道だ」と考えに対し、地蔵が「仏道とは、田を植え、米をついて食べること」だと答える公案。一般には、「普通の生活の中にこそ、最高の悟りがある」とされるが、本辞典ではこれを「修行や勉強をやり尽くしたあとの誠実で地道な日常の努力を重ねることの中にこそ、本物の道がある」という、実践的教えとして定義する。
Q&A
- Q: なぜ、地蔵は「どこに三界なんていうものがあるのか」と脩山主に問い返したのですか?
- A: なぜならば、三界(迷いの世界)から脱出して「どこか別の特別な世界」へ行こうとする、脩山主の二元論的な思い込みを打ち破るためです。
脩山主は「ただ日常生活を送るだけでは解脱(三界を抜けること)ができない」と納得がいっていませんでした。しかし地蔵は、三界を超越しようがしまいが、結局私たちはこの同じ目の前の世界で働き、飯を食うのだという真実の世界(色即是空・空即是色)を気づかせようとしました。