法身 (Dharmakaya)

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法身 (Dharmakaya)の概念図

法身 (Dharmakaya)

目次

定義

法身 (Dharmakaya)とは、三身の一つで、法の集合、法を身体とするものを意味する言葉であり、仏の真実の姿かつ宇宙そのものである不変の真理を指す。ほっしんと読む。禅宗では、坐禅する本人が法身 (Dharmakaya)の顕現であると説く。法身 (Dharmakaya)は、密教では「大日如来」と呼び、華厳経では、「毘盧遮那仏」と呼び、神道では「天照大神」と呼ぶ(本地垂迹説)。このように、特定の経典や教義の中だけに存在するのではなく、この世界のありのままの実相そのものが、法身の現れであり、それがすべての人間に本来備わっているという思想を如来蔵という。

Q&A

Q: なぜ、禅では「自分自身が法身である」と考えることが重要なのですか?
A: なぜならば、その確信こそが「如来蔵」という希望となり、他者や形式に依存しない強さを生むからです。「救いは外にある」と信じている間は、外部の状況にふりまわされてしまいます。しかし、自分の中に仏の種(如来蔵)が宿り、坐禅する自分こそが法身の顕現であると理解すれば、場所や形式に縛られない「本来の信仰」を取り戻すことができます。

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参考文献 / References

田上太秀,石井修道 (2008) / 『禅の思想辞典』 / 東京書籍株式会社 / ISBN: 978-4-487-73334-7

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