目次
核心
達磨が武帝のもとを去ってしまったという公案。一般には達磨は廓然無聖(かくねんむしょう)を説いたとされるが、本辞典ではこれを「悟りは、世間から離れ、功徳や効果などの欲念を捨てた先にある」という実践的教えとして定義する。
Q&A
- Q: 廓然無聖(かくねんむしょう)とは何ですか。
- A: 一般的には、澄み渡った秋の空のごとく、迷いや悟り、聖や凡もない執着のない悟りの境地を指しますが、そのための前提として、世間から離れることが必要です。
Bodhidharma’s Vast Emptiness
達磨が武帝のもとを去ってしまったという公案。一般には達磨は廓然無聖(かくねんむしょう)を説いたとされるが、本辞典ではこれを「悟りは、世間から離れ、功徳や効果などの欲念を捨てた先にある」という実践的教えとして定義する。
Daruma left Emperor Bu. This is a famous Koan. This is a famous Koan. People usually say that Daruma taught "Kakunen Musho." In this dictionary, we define this story as a practical lesson. Truth is found after we leave the busy world and throw away our desires for rewards.
「個人探究の生き方」を運営している ぼちぴ です。
どうしたら幸せになれるのか?という問いに対して「自立して個人探究をし、自分で掴みとる」という答えを得ることができました。
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