供養の偈とは?
今回紹介するのは供養の偈で、三匙(さんし)の偈、擎鉢(けいはつ)の偈ともいうそうだが、あんまりこの偈文の名前を呼んだことも聞いたこともない。
この偈文は食事の配膳が終わって(さば)を集めた後に唱えられる。
英文概要overview
供養の偈 is a chant called the Kuyō no Ge (Memorial Offering Chant).
It is also sometimes called the Sanshi no Ge (Three-Spoon Chant), or Keihatsu no Ge (Holding Bowl Chant), but its name is not often spoken and I have never heared.
This chant is recited after lunch has been served and the Saba (offering rice) has been collected.
原文と読み方 original text & how to reading
上分三宝 中分四恩
供養の偈 原文 original
下及六道 皆同供養
じょうぶんさんぼう ちゅうぶんしおん
供養の偈 読み方
げきゅうろくどう かいどうくよう
jōbun sanbō chūbun shion
供養の偈 reading
gekyū rokudō kaidō kuyō
供養の偈 現代語訳
仏・法・僧の三宝に対して
供養の偈 現代語訳
親や師匠、国家、衆生など、私たちに恩恵を与えてくれた四つの恩に対して
六道(天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)のすべての衆生にまで
等しく供養を行います。
We offer respect and gratitude to the Three Jewels — Buddha, Dharma, and Sangha
— and also to the four kinds of kindness we receive: from parents, teachers, the country, and all living beings.
We share this offering equally with all beings in the six realms: gods, humans, asuras, animals, hungry ghosts, and beings in hell.
供養の偈 Modern English Translation
供養の偈 解説 Detailed Explanation
今回の偈文は、一見すると、仏・法・僧の三宝や親・師・国家・衆生への恩、さらには六道のすべての衆生に功徳を回すという、広く深い精神を表現しているように見える。
しかし、これは禅の本質を示すものではなく、あくまで形式的・儀礼的な文言に過ぎない
この偈文には、権威との結びつきが色濃く反映されている。
禅の修行者は本来、親や国家、師匠さえも執着として捨て、乗り越えることが求められる。
にもかかわらず、偈文では親・恩・師匠への感謝を唱えることを形式として強制している。
歴史的背景を考えると、これは中国禅寺の社会的・制度的文脈から生まれたものだ。
寺院という集団生活の中で、修行者を統制し、秩序を保つために作られた儀礼文であり、修行・教育・集団規律・社会的権威維持の道具として機能していた。
禅の核心的体験や自由な心とは、明確に距離がある。
禅の本質は、形式や権威に依存せず、直接的な覚知・心の自由・自己の体験にある。
偈文にとらわれるのではなく、その背後にある禅の精神を理解することが大切だ。
私の体験談 My Experience
日本では、私たちは「思いやりを持ち、感謝を忘れないように」と教えられることが多い。
しかし、この教えの背景には、国家や権力による社会秩序の維持や思想統制が関わっている。
義務や規範として強制された「感謝しなければならない」「思いやりを示さなければならない」といった形式は、権威にしたがう行動だ。
そもそも、感謝や思いやりは自然に湧き上がるものだ。
しかしながら、私達は、いくら時代がよくなっても、またはよくされても、感謝もせずさらに欲を増大させるのが普通だ。
だからこそ、自主的に戒めていくことが必要となる。
この、権威による統制(道徳)と、自主的な戒めとでは、内容は同じでも、方向が違う。
威による統制(道徳)は、自己犠牲を要求するが、自主的な戒めではそれがない。
権威による統制(道徳)は、私を縛り、自主的な戒めは、私を自由にする。