従容録第七則薬山陞坐:手取り足取り世話することに依存しない

手取り足取り教えても、その場限りで終わり、結局は骨折り損になることが少なくない。

親切に説明すればするほど、相手は自分の足で立たなくなる。

そんな逆説的な経験は、指導に関わる者なら覚えがあるだろう。

なぜ、これほど教えても身にならないのか。

足りないのではなく、むしろ与えすぎなのではないか。

今回は従容録第七則薬山陞坐を通して、説かないことがいかにして本来の指導となるのかを探っていく。

目次

Summary:One’s Ordinary Actions and Conduct Are Already a Form of Instruction.

Yaoshan did not give formal sermons to the monks.

This was because he believed something important.

He was already showing the Buddha’s mind through his being and actions.

Each monk should see this and realize the truth by themselves.

He also meant this:
If you only want to hear lectures,
you can ask a sutra teacher about the scriptures
or a scholar about philosophical teachings.

This shows the Zen idea that the Buddha’s teaching cannot be fully put into words.

It is a silent teaching.

In short, Yaoshan’s daily actions were already his teaching.

So he did not need to give special sermons.

He was also telling the monks:
Do not expect others to guide you step by step.
Watch carefully, learn for yourself, and grasp it on your own.

日常の行動や振る舞いが既に指導である

薬山は、長いあいだ法座に上って説法することがなかった。
院主:大勢の僧たちが、長らく和尚のお教えを待ち望んでおります。
どうか皆のために説法なさってください。

薬山は鐘を打たせた。
僧たちは四方から集まってきた。

薬山は法座に上ったが、しばらく黙って座ったまま、やがてそのまま座を降り、方丈へ帰ってしまった。
院主:和尚は先ほど、皆のために説法なさることをお許しになりました。
それなのに、なぜ一言もお話しにならなかったのですか。
薬山:経には経の師があり、論には論の師がある。
どうしてこの老僧を怪しむ必要があろうか。

従容録第七則薬山陞坐

今回の登場人物は薬山惟儼(やくさんいげん)禅師。

薬山惟儼は、達磨から数えて第九世に当たり、石頭希遷(せきとうきせん)の法を嗣ぎ、湖南省の薬山に住んでいた。

生まれは山西省の人で、17才で出家したそうだ。

本則に入ろう。

薬山は三十年も山をくだらなかったそうだが、大衆のために説法しているかと思ったらそうでもなかったようで、ある時、大衆から文句が出たようだ。

もし、説法無しで坐禅だけの修行をするなら、わざわざ薬山のところまで来なくても、近所の樹の下で十分ではないか、というわけだ。

しかし、薬山にも考えがあったわけで、説法をしないということに、薬山の禅師らしさがある。

院主とは、住職を補佐する役職のことで、この院主が大衆を代表して薬山禅師に説法を願い出たのだ。

しかし、万松は、薬山のやりかたを知らない者だとつっこんでいる。

薬山のやり方は、上中下の修行者がいたら上々の者たちに比重をおいて、多く語らず、各自に自得自悟させる方向だったからだ。

そこで、薬山は院主に命じて、説法の合図である鐘を鳴らさせた。

それで、薬山の話を聞こうと、大衆が集まってきた。

しかし、薬山は高座にのぼったものの、一言も喋らずに、自室へと帰ってしまった。

この自室へ帰ることこそが、実は最も大切な話だった。

もし、院主が、第一則世尊陞座における文殊菩薩のような機転がきいていたら、「法王の法を明らかに観ると、このようなものだ」と白槌(槌を打つこと)すべきところだった。

ところが、院主はそのことがわからず、追いかけていって「なぜ一言もお話しにならなかったのですか。」とこぼした。

そこで薬山は「経には経の師があり、論には論の師がある。どうしてこの老僧を怪しむ必要があろうか。」と答えた。

これは、私(薬山)は存在や行動で仏心を伝えている、それを見て各自が仏法の三昧を自悟自得するのが本当だ、そんなに話が聞きたいのであれば、経典研究では経師に、論の講義は論師に、聞けばいいのではないか、という意味だ。

これは、仏の教えは言葉にすることができない、無言無説であるという禅の立場を強調した言葉だ。

つまりは、薬山の日常の行動や振る舞いが既に説法であったから、わざわざ説法をする必要がないということと、大衆は、手取り足取り世話してもらうことを期待しないで、自分で見て真似て掴み取りなさいよということだ。

私の体験談

泣き騒ぎ出したら手に負えない子どもの世話を焼き、面倒を見て、「さぁ銭をあげるからいいこにしてね」と黄色い葉っぱを渡す、これを止啼銭(していせん)という。

この止啼銭(していせん)は、本当の銭ではない。

これと同様に、薬山門下の大衆も、止啼銭(していせん)を欲しがって騒ぎ立てた。

止啼銭を手にしても子供だましでしかないように、お経や文字は道筋を指す指であり、道具でしかない。

だから、自ら立つまで、与えず、教えず、あえて何もしない勇気が必要なのだ。

まとめ

以上のように、教えとは、何かを与えることだけではない。

薬山が示したのは、求める心に応じて方便を差し出すのではなく、背中を見せ続けるという態度だった。

止啼銭は泣きを止めるが、人を立たせはしない。

同じように、言葉や教えは道を指すが、歩くのは本人である。

自ら立つまで、あえて与えない。

そこにこそ、禅の指導の厳しさと深さがある。

よくある質問

Q1. 今の教育における止啼銭は何だと思いますか。
この文脈における止啼銭とは、不安を一時的に鎮め、問いを立てる力を止めるために与えられる正解付きの安心です。
それは、生きていくうえで生じる将来の不安を、自分で引き受けて考える代わりに「考えなくてよい状態」へと変換する装置として機能します。
人々は静かにはなりますが、立つ力そのものではありません。

Q2. 自立させる教育をするべきだとよく言われていますが?
そうですね。
しかしそれは、「自立して、でも都合よく動く人間」ではないですか?
そもそも教育とは、国にとって、会社にとって、家族にとって、社会にとって、都合の良い人間の育成なんです。
だから、自立させる教育とは矛盾があります。
それなので、よくいわれる主体性教育というのは都合よく主体的に動いてくれる人間の育成なんです。
本当に主体的に追求する人間が出てきたら、国にとって、会社にとって、家族にとって、社会にとっての矛盾を突き始めるので、国にとって、会社にとって、家族にとって、社会にとって都合の悪い人間になってしまいます。
だからこそ、本当の自立に向かう探究は、歴史的に私塾や寺院といった制度の周縁で担われてきました。

Q3. どうして現代では塾や寺院が、国家教育の焼きまわしになってしまったのですか
塾や寺院とは本来、国家の要請から一歩距離を取る空間を保つ場でした。
しかし、寺院は国家からの権威や保護下になることによって、塾は学校教育の下請けとして機能することによって、自立性を失ってしまいました。
その結果、日本では教える側がすでに自立しているという関係性が成立しにくくなり、教育が支配や管理と結びつきやすい構造が固定されました。
禅が一貫して支配を嫌うのは、まさにこの構造を見抜いているからです。

Q4. 支配と教育について。
禅は一貫して支配を嫌います。
なぜなら、教える側は、教えることで優位に立ち、教えられる側は、答えに依存するという関係が、極めて自然に成立してしまうからです。
さらに深刻なのは、教えたい人が、教えられる人に依存する点です。
自分は必要とされている、役に立っている、正しい側にいる、この快感は、非常に強い。
その衝動を自覚せずに振るうことは、ほぼ確実に支配になります。

Q5. 支配から抜け出るのはどうしたらいいのですか。
人間は他の霊長類と比べても、圧倒的に未熟な状態で生まれ、長く親に依存します。
人類はこの過剰な依存性ゆえに、人間は文化・言語・宗教を持ちました。
そして同時に、自立を学ばねばならない存在にもなりました。
仏道修行とは、生物学的に避けられない依存を、精神的に引き受け直す訓練です。
そして、それには、社会から一歩抜け出て見る必要があります。

🔽より簡単に絵本にしました
🔗https://note.com/s2rz/n/n73f602526417

参考文献

坂田忠良(2023年2月5日).「従容録:その1: 1~25則」.禅と悟り.https://www.sets.ne.jp/~zenhomepage/shouyou1.1.html(アクセス日:2025年12月23日)

加藤咄堂(昭和15年~17年)『修養大講座 第9巻』平凡社。

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「ぼち!ブログ」を運営している ぼちぷろ です。

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私は、幼いころから「なぜ人は幸せを望むのに、うまく生きられないのか」という問いを抱いてきました。
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